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神戸地方裁判所 昭和50年(行ウ)30号 判決 1977年3月29日

原告 松永義輝

被告 芦屋税務署長 ほか一名

訴訟代理人 岡崎真喜次 三上耕一 風見幸信 ほか三名

主文

原告の主位的請求及び予備的請求を何れも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

一、原告

1  主位的請求

被告芦屋税務署長が昭和四九年七月三一日原告に対してなした、昭和四八年度所得税を一二万八、三〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税六、四〇〇円の賦課決定処分を取消す。訴訟費用は被告芦屋税務署長の負担とする。

2  予備的請求

被告国は原告に対し、別紙二の(二)記載の金員を支払え。

訴訟費用は被告国の負担とする。

二、被告両名

原告の請求を何れも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者の主張)

第一請求原因

一  原告は被告芦屋税務署長に対し昭和四八年度所得税の確定申告をなしたところ、同被告は昭和四九年七月三一日原告に対し、右所得税額を一二万八、三〇〇円とする更正処分をすると共に、過少申告加算税六、四〇〇円の賦課決定処分をなした。原告は右処分に対し異議の申立及び審査請求をしたが何れも棄却せられ、右棄却裁決の通知を昭和五〇年六月一一日受領した。而して右更正処分のなされた原因は、原告が同年度中に国より交付を受けた還付加算金一二五万七、七〇〇円を所得として申告しなかつたのに対し、被告税務署長はこれを雑所得と認定して課税したことにある。

二、然しながら右還付加算金は損害賠償金の性格を有するものであるから、所得税法九条一項二一号、同法施行令三〇条一項二号に該当し、非課税所得として扱われるべきものである。即ち、

1 原告は昭和三五年五月父喜一郎の死亡により、同年一一月被告税務署長に対し相続税の申告をしたところ、同被告は昭和三八年一一月四日原告に対し右相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をなした。右更正処分に於ては別紙一記載の不動産を遺産と認定されたのであるが、右不動産は亡父の生前原告に贈与されていたものであるので、原告は贈与証書である公正証書を添えて異議の申立及び審査請求をしたが、何れも棄却せられた。そこで原告は大阪地方裁判所に対し右相続税に関する更正処分等取消の訴を提起し(同庁昭和四〇年(行ウ)第五九号)、審理の結果昭和四八年九月、右不動産は生前贈与されたもので遺産ではないこと及び遺産である農機具の評価が過大であることを理由として前記更正処分の一部取消の判決がなされた。その結果同年一二月二一日、原告は国より既に納付していた前記相続税の一部及びこれに附帯する利子税等別紙二の同記載の税金の還付を受け、且つこれらに対する還付加算金合計一二五万七、七〇〇円の交付を受けたのである。

2 ところで被告税務署長が前記異議に対する決定をなした当時、前記贈与を証する書面として信憑性の高い公正証書が添付されていたのであるから、同被告としては右贈与の事実を認定することは容易であつたと云うべきであり、仮に公正証書の存在に拘らず尚右贈与について何等かの不審があつたとすれば、国税通則法二四条に従い、原告及びその親族に質問する等の調査を行うべきであつて、これにより容易に右贈与の事実を認定し得たのに拘らず、同被告は何等の調査もしないまま、右公正証書の記載に反する認定を行い、且これについて何等合理的根拠を示すことなく原告の異議を排斥したものである。

次に遺産である農機具についての被告税務署長の評価額は一万四、四〇〇円であるが、前記判決の評価額は三〇〇円である。而して原告は前記異議に於て同被告に対し、右農機具は先祖から使用している古いもので標準価格より極端に低いものであることを申立てたのであるが、同被告は右農機具を検分する等の調査をすることなく、単に相続した農地の耕作面積からその価格を評価し、以て原告の異議を排斥したものである。

3 以上の如く被告税務署長は原告の相続税に関する更正処分及び異議棄却決定に於て、故意又は少なくとも過失に基き客観的事実に反した事実を認定し、その結果原告より違法に別紙二の(ロ)記載の税金を徴収したものであり、而してこれによつて原告が損害を蒙つたことは明らかである。

4 而して還付加算金が所得税法九条一項二一号に云う損害賠償金に該当するか否かは右還付金発生の原因いかんによつて異るのであつて、例えば納税者の誤算に基因して還付金が発生したような場合は、国家が不当に利得したつぐないとして加算金が交付されるものと考えられるが、本件の如く、被告税務署長の違法な処分によつて違法に徴収せられた税金を還付する場合の加算金は、右違法徴収によつて蒙つた納税者の損害を賠償する趣旨のものであるから、前記法条に云う損害賠償金と云うべきである。

三  そうすると本件還付加算金一二五万七、七〇〇円は非課税所得であること明らかであるから、被告税務署長のなした本件所得税更正処分の中右還付加算金に相当する部分は違法であつて取消さるべきである。

四、仮に本件還付加算金が損害賠償でないとすれば、原告は前記の如く被告税務署長の違法な相続税更正処分及びこれに対する異議棄却処分により、別紙二の(ロ)記載の税金を違法に徴収されて損害を蒙つたのに、未だその賠償を受けていないこととなる。而して右損害は、別紙二の(ロ)記載の税金を違法に納付させられた日から、右税金の還付を受けた昭和四八年一二月二一日までの間右金員を利用し得なかつたことによるものであり、その額は右金員に対して右期間の年五分の割合による率を乗じて得られる金額である。

第二被告らの答弁及び主張

一  原告主張の一の事実は何れも認める。

二  同二の1の事実は何れも認める。

三  同二の2ないし4の主張は総て争う。

四  同四の主張は争う。

五  還付加算金は、国税の納付遅延に対して延滞税が課せられることとの均衡上、過誤納等があつた場合に納税者を過誤納がなかつたと同じ経済的立場におこうとするものであつて、課税官庁の故意、過失の有無に抱らず支払われるもので、還付金等に対する一種の利子とみられ、損害賠償の性格をもつものではない。而して所得税法には還付加算金を非課税とする規定はなく、その性質は一種の利子とみられるが同法二三条の利子所得には該当しないし、又二四条ないし三四条に規定する所得区分にも当らないので、結局三五条の雑所得に該当することとなり、他の所得と合算して課税されるものである。

六  原告は、被告税務署長が原告の相続税に関してなした更正処分及び異議申立棄却処分に於て、別紙一記載の不動産を相続財産と認定したことの違法を主張するが、原告が昭和三五年一一月四日付で提出した相続税申告書には、右土地が相続財産に含まれるものとして申告していたのである。ところが原告は昭和三八年一二月四日被告税務署長に提出した異議中立書に於て、突如として、右土地は被相続人死亡前の昭和二三年一月二七日に同人から原告へ贈与されていたものであると主張し、その証拠として原告主張の公正証書を提出したのであるが、右公正証書には「贈与者松本喜一郎」の記載はあるが原告の受贈の意思表示の記載がなく、又原告が成年に達した昭和二五年一月二三日以降も右土地の管理は被相続人喜一郎が総て行つていたのである。更に原告は訴外松本清一郎との間の別訴(大阪高等裁判所昭和四〇年(ネ)第二四五号、同三〇六号事件)について昭和四四年三月二〇日成立した和解に於て、原告が右土地を被相続人喜一郎から相続により取得したことを認めているのである。これらの事情を考えると被告税務署長が前記相続税についての更正処分等をなすに当り右土地を相続財産であると認定したことについて同被告に何等過失はないと云うべきであり、又右処分に基づいて原告から相続税等を徴収したことを以て、違法に原告の権利を侵害したものと云うことは出来ない。

(証拠)<省略>

理由

第一主位的請求について。

一  原告主張の一の事実は何れも当事者間に争いはない。

二  原告は、その主張の一二五万七、七〇〇円の還付加算金は損害賠償金であつて所得税法九条一項二一号所定の非課税所得であると主張するので考えるに、還付加算金は、各租税法に規定する各種還付金並びに過誤納金の還付に当り、原則として右還付金等の発生の翌日から還付(又は充当)の日までの期間に応じ年七・三パーセントの割合で加算されるものであるが、右の各種還付金及び過誤納金のうち誤納金に附せられる加算金については、これらに損害賠償的性格を帯有せしめる余地は全くないのであつて、これらの加算金は、租税を滞納した場合に延滞税等が課されることとのバランスなどを考慮して、還付金に附する一種の利子と解するのが相当である。又過納金は租税納付時に存在していた租税債務がその後に取消等により消滅したことによつて発生するのであるが、斯る事態が発生する原因には様々の場合があつて、国家賠償責任を発生せしめる違法な行政庁の処分に基因する場合もあれば、そうでない場合もある。原告はこの中前者の状態で過納金が発生した場合には、これに附せられる加算金は損害賠償的性格を有するものであると主張するのであるが、斯る区別をする根拠は全く存しないし、むしろ還付加算金に関する国税通則法五八条は各種還付金と過誤納金とを区別することなく、これらの還付又は充当の際には一様に加算金を附することとしているのであつて、この点からすると過納金に附する加算金も又前記の通り一種の利子であると解するのが相当である。

そうすると前記一二五万七、七〇〇円の還付加算金が損害賠償金であつて非課税所得であるとする原告の主張は採用出来ない。

三  而して他に本件所得税更正処分及び過少申告加算税賦課処分を違法とする理由は存しないので、原告の主位的請求は失当であつて排斥すべきものである。

第二予備的請求について。

一  右請求の併合は所謂主観的予備的併合に該当するので、先ずその適否について考えるに、一般に斯る併合を認めることについては消極説を相当とするものと考えられるが、その主たる理由とするところは、予備的請求に於ける被告の訴訟上の地位を甚だしく不安定、不利益ならしめ、当事者公平の原則に反するし、又斯る併合関係の維持、統一的裁判の保障は、共同訴訟人独立の原則の為上訴等の関係から不可能であること等にあると考えられる。ところが行政訴訟事件のうち、主位的請求の被告と予備的請求の被告とが、国若くは地方公共団体等の行政主体とこれらの行政機関とである場合には、実質的に両者の一体性を認めることが出来る場合もあり、そして斯る場合には請求の客観的併合に於ける予備的併合とその実体を異にしないし、訴訟経済にかない、原告には便宜で、被告の地位を著るしく不安定とする弊害もないと考えられるので、斯る予備的併合は許されるものと解するのが相当である。そして本件は正にこれに該当する場合であるから、国を被告とする本件予備的請求の併合は適法というべきである。

二  そこで右予備的請求の本案について判断する。

1  原告が父喜一郎死亡による相続税の申告を昭和三五年五月被告税務署長にしたこと、これに対し同被告が昭和三八年一一月四日右相続税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたこと、右更正処分に於ては別紙一記載の宅地を喜一郎の遺産としていたこと、原告は右更正処分等に対して異議申立及び審査請求をしたが何れも棄却せられたので、大阪地方裁判所に右更正処分等取消の訴を提起し、(同庁昭和四〇年(行ウ)第五九号)、昭和四八年九月、右不動産は喜一郎の生前同人より原告に贈与されたもので遺産ではないこと及び遺産である農機具の評価が過大であることを理由として、前記更正処分の一部取消の判決がなされたこと、以上の事実は何れも当事者間に争いはない。

2  而して右事実によると、被告税務署長のなした前記更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は、(1)別紙一記載の不動産を遺産であるとした点及び(2)遺産である農機具の評価が過大であつたとの二点に於て事実の認定を誤つた瑕疵ある処分であつたというべきである。然しながら先ず右(1)の点についてみるに、<証拠省略>によると、原告は当初の相続税の申告に当り前記不動産を相続財産として申告していたが、その後の更正処分に対する異議申立に於て、不動産の生前贈与を主張するに至つたものであること、贈与証書である公正証書(<証拠省略>)の記載からは遣贈又は死因贈与と解する余地がない程明確に贈与契約の趣旨が表示されているものとは必ずしもいえないこと、右公正証書には右不動産外二筆の不動産を原告に贈与する旨の記載があるが、地目はいずれも田と表示されていて、農地調整法或いは農地法による権利移動の制限の点からも贈与による所有権移転の効果が生じているか否か疑問の余地がないとはいえない状態であつたこと、以上の事実がそれぞれ認められるのであつて、右事実によると、被告税務署長が原告の異議事由として主張した前記贈与の事実を認めるに足らないものとして右異議を排斥し、更正処分に従つて相続税等を徴収したことを以て、直ちに、違法に原告の権利を侵害したものということは出来ない。次に前記側の点について考えるに、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、本件更正処分当時遺産である農機具の具体的価格を判定するに足るべき資料は存しなかつたところ、農地を耕作するには通常一反当り少なくとも三、〇〇〇円相当の小農具を必要とするものと統計上考えられており、而して原告の相続した農地の面積は約四反八畝であるので、原告の相続した農機具の価格を一万四、四〇〇円と評価したものであることが認められる。而して斯様に遺産の一部について具体的価格を判定するに足るべき資料が存しない場合に、統計等の資料に基づいてその価格を認定することはもとより許されるところであつて、たまたまその評価額に若干の誤りがあつたとしても、これを以て直ちに被告税務署長が納税者である原告の権利を違法に侵害したものということは出来ない。

3  そうすると、被告税務署長が違法に原告の権利を侵害したことを前提として、被告国に対し国家賠償を求める原告の予備的請求も又失当であつて排斥を免れない。

第三  以上の次第で、原告の本訴請求は何れも失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林義一 棚橋健二 佃浩一)

別紙一

(一) 芦屋市大原町一九五番地の一

宅地 三八一・〇八坪

(二) 同所一九五番地の二

宅地 一〇九・九二坪

別紙二

(イ)種類

(ロ)金額

(ハ)納付日

(ニ)国に賠償を求める金員

1相続税

二〇九万三、四〇〇円

44.5.10

44.5.10~48.12.21迄の年五分の金員

2利子税

一八万九、六〇〇円

3延滞税

四万五、七〇〇円

4利子税

一五万二、四〇〇円

42.12.6

42.12.6~48.12.21迄の年五分の金員

5旧利子税

二二万九、一〇〇円

42.5.2

42.5.2~48.12.21迄の年五分の金員

6延滞税

一万二、六〇〇円

7利子税

四五万九、五〇〇円

8過少申告加算税

一〇万四、七〇〇円

40.4.30

40.4.30~48.12.21迄の年五分の金員

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